未来分析フレームワーク

未来トレンド分析から「ジョブ・トゥ・ビー・ダン」を見つける方法:イノベーション機会の発掘

Tags: 未来トレンド, ジョブ・トゥ・ビー・ダン, イノベーション, 事業開発, 市場分析, フレームワーク

未来トレンド分析から一歩進んだイノベーション機会発掘へ

事業開発において、未来トレンドの分析は不可欠なプロセスです。技術、社会、経済、環境など、様々な領域のトレンドを把握することは、将来の市場変化や事業機会の源泉を探る上で重要な手がかりとなります。しかし、トレンドそのものを理解するだけでは、具体的な新規事業アイデアやイノベーションに結びつけるのは容易ではありません。多くの事業開発担当者が、トレンド分析で得た洞察を、どのように顧客価値の創出や事業機会に落とし込むかという課題に直面しています。

ここで有効なのが、「ジョブ・トゥ・ビー・ダン(Jobs To Be Done: JTBD)」という考え方と、未来トレンド分析を組み合わせるアプローチです。JTBDは、顧客が特定の状況下で「達成したいこと(ジョブ)」に焦点を当てることで、顧客の真のニーズや願望を理解するためのフレームワークです。このJTBDの視点を未来トレンド分析に導入することで、未来の顧客が直面するであろう「ジョブ」の変化を捉え、そこから新たなイノベーション機会を発見する道筋が見えてきます。

本記事では、未来トレンド分析の結果をJTBDに結びつけ、未来の未充足ニーズや潜在的な事業機会を発掘するための実践的なアプローチについて解説します。

ジョブ・トゥ・ビー・ダン(JTBD)とは何か

JTBDは、「顧客は製品やサービスを買うのではなく、特定の状況で特定の『ジョブ』を完了するために『雇う』のだ」という考え方に基づいています。ここで言う「ジョブ」とは、顧客が人生や仕事において達成したい根本的な目的、課題、あるいは願望を指します。これには、機能的な側面(例: 穴を開ける)、社会的な側面(例: 周囲から認められたい)、感情的な側面(例: 不安を解消したい)が含まれます。

従来の顧客セグメンテーションが、年齢、性別、収入などの属性や、製品利用頻度といった行動データに基づき顧客を分類するのに対し、JTBDは「顧客が達成したいジョブ」という視点で顧客を理解しようとします。同じ属性を持つ人々でも、異なる状況や目的を持っていれば、異なるジョブを抱えている可能性があります。逆に、異なる属性を持つ人々でも、同じジョブを抱えていることもあります。

JTBDの視点を持つことで、製品やサービスの表面的な機能ではなく、それが顧客の人生でどのような役割を果たしているのか、どのような進歩を助けているのかを深く理解することができます。

未来トレンドとJTBDを結びつける意義

未来トレンドは、社会構造、技術、環境、人々の価値観など、様々なレベルで変化をもたらします。これらの変化は、顧客が「達成したいジョブ」そのものや、ジョブを達成する上での「ペイン(痛みや不便さ)」、「ゲイン(利得や達成感)」に影響を与えます。

例えば、環境トレンド(脱炭素化)と技術トレンド(EV技術の進化)は、モビリティに関する顧客のジョブに影響を与えます。「A地点からB地点へ移動する」という基本的な機能的ジョブに加え、「環境負荷を低く抑えたい(感情的/社会的ジョブ)」、「充電の手間なく移動したい(機能的ペイン)」といった側面がより重要になったり、新しいペインやゲインが生まれたりします。

未来トレンドをJTBDの視点で分析することで、単に新しい技術や市場が出現するという事実を捉えるだけでなく、未来の顧客がどのような状況で、何を達成しようとし、そこにどのような新しい困難や機会が生まれるのかを具体的に描き出すことが可能になります。これは、未来の未充足ニーズ、つまりイノベーションの潜在的な領域を特定する上で極めて強力なアプローチです。

未来トレンド分析結果をJTBDに変換する実践ステップ

未来トレンド分析で得られた洞察を、未来のJTBDとして具体化するためには、以下のようなステップが考えられます。

ステップ1:関連する未来トレンドの選定と理解

まず、自社の事業領域や関心のある領域に関連する未来トレンドを選定します。PESTLE分析(政治 Political, 経済 Economic, 社会 Social, 技術 Technological, 環境 Environmental, 法制度 Legal)など、既存のフレームワークを活用して収集・整理されたトレンド情報を基盤とします。それぞれのトレンドがどのような変化を引き起こす可能性があるのか、その本質を深く理解することが出発点となります。

ステップ2:トレンドが未来の顧客の「状況」や「ジョブ」に与える影響の仮説構築

選定したトレンドが、想定する未来の顧客(個人、企業、社会など)の生活、仕事、あるいは特定の活動において、どのような「状況」を生み出す可能性があるかを仮説として立てます。そして、その新しい状況下で、顧客が「達成したいジョブ」がどのように変化するのか、あるいは新しいジョブが生まれるのかを考えます。

例えば、テクノロジー・トレンドとして「AIの進化」を考えた場合、ビジネスパーソンのジョブに与える影響として、「より複雑なデータ分析を迅速に行いたい(機能的ジョブ)」、「単純作業から解放されて創造的な業務に集中したい(感情的/機能的ジョブ)」、「AIを活用して仕事の質を高め、キャリアアップしたい(社会的/感情的ジョブ)」といったジョブがより重要になる、あるいは新しい形で現れるといった仮説を立てることができます。

ステップ3:影響がもたらす「ペイン」「ゲイン」「未達成」の特定

トレンドによる状況やジョブの変化に伴い、顧客が現在または未来に直面するであろう「ペイン(困難、不便、フラストレーション)」や「ゲイン(利益、達成感、望ましい結果)」、そして「まだ誰も効果的に解決できていない未達成のジョブ」を具体的に特定します。

AIの例では、「複雑なAIツールを使いこなすのが難しい(ペイン)」、「AIによる結果の信頼性を判断する必要がある(ペイン)」、「AIを活用して全く新しい方法で問題を解決したいが、どうすれば良いか分からない(未達成ジョブ)」、「AIによる効率化で生まれた時間を自己成長に充てたい(ゲイン)」などが考えられます。

ステップ4:「ジョブ」の定義と要素分解

ステップ3で特定されたペイン、ゲイン、未達成の状況を基に、未来の顧客が「達成したい根本的なジョブ」を定義します。JTBDの定義は、特定の製品やサービスに限定されず、顧客が目指す上位の目的や、その達成を阻害する障害に焦点を当てます。ジョブは、機能的、社会的、感情的な側面に分解して理解すると、より多角的なニーズが見えてきます。

例:「複雑なデータから迅速に洞察を得たい」という機能的ジョブ、「仕事の成果を周囲に分かりやすく伝え、評価されたい」という社会的ジョブ、「データ分析に自信を持ち、不安なく意思決定したい」という感情的ジョブ、といった具合です。これらの要素を明確にすることで、製品やサービスが顧客のどの側面に貢献できるかが分かりやすくなります。

ステップ5:未来のJTBDの具体的な表現化と検証

定義した未来のJTBDを、顧客の視点から具体的なシナリオやストーリーとして表現します。「〇〇な状況で、△△という困難を抱えている顧客が、□□というジョブを達成するために、XXな解決策を探している」のように記述することで、関係者間で共通理解を深めることができます。

これらの未来のJTBD仮説は、可能な限り早期に検証することが重要です。未来の顧客はまだ存在しないか、その行動が顕在化していない場合が多いですが、現在のアーリーアダプターへのインタビュー、専門家への意見聴取、関連する初期市場の観察、あるいは未来の状況をシミュレーションした小規模なテストなどを通じて、その妥当性を確認する努力を行います。完全に検証することは難しくても、仮説の確度を高めることが、その後の事業開発の精度に繋がります。

事例:健康トレンドと未来のJTBD

「健康寿命の延伸」や「予防医療への関心の高まり」といった健康トレンド、および「ウェアラブルデバイスの進化」「パーソナルデータの活用」といった技術トレンドを組み合わせることで、個人の健康管理に関する未来のJTBDを探ることができます。

過去のJTBD: 体調が悪くなったときに医療機関を受診する(病気の治療) 現在のJTBD: 健康診断の結果を改善したい、ダイエットしたい、運動習慣をつけたい(健康維持・改善、予防) 未来のJTBD候補: - 「自分の体質や生活習慣に合った、最適な健康管理方法を、継続的かつ手間なく知りたい(機能的+感情的ジョブ)」 - 「将来かかるかもしれない病気のリスクを早期に知り、具体的な予防策を実行したい(機能的+感情的ジョブ)」 - 「健康維持の努力を周囲と共有し、モチベーションを高めたい(社会的ジョブ)」 - 「膨大な健康データから、自分にとって本当に意味のある変化や指標を見つけたい(機能的+感情的ジョブ)」

これらの未来のJTBDは、単なる健康データの提供サービスや一般的な運動プログラムではなく、個々人に高度に最適化された継続的なガイダンス、予測的なリスク評価と個別化された予防介入、あるいはコミュニティ連携によるモチベーション維持といった、より深く、パーソナルなニーズに対応するイノベーション機会を示唆しています。

このアプローチのメリットと注意点

メリット

注意点

まとめ

未来トレンド分析は、将来の市場を理解するための強力なツールですが、それを具体的なイノベーションに繋げるには、顧客の視点、特に未来の「ジョブ・トゥ・ビー・ダン」への深い洞察が必要です。

未来トレンドがもたらす環境の変化が、人々の生活や仕事においてどのような新しい困難や願望を生み出し、結果としてどのような新しいJTBDが生まれるのか。この問いを探求することで、現在の市場の延長線上にはない、本質的な未来の未充足ニーズと、そこから生まれる破壊的なイノベーション機会を発見することができるでしょう。

事業開発マネージャーの皆様には、ぜひ未来トレンド分析の次のステップとして、JTBDフレームワークを活用し、未来の顧客が本当に「雇いたい」と考える製品やサービスの開発に繋げていただきたいと思います。不確実な未来においても、顧客のジョブに焦点を当てる視点は、事業の羅針盤となり得るものです。